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zoom RSS 遅い列車は、遅くて不便なのだ

<<   作成日時 : 2009/03/26 21:03   >>

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寮の食堂に置いてある朝日新聞の夕刊をちらちらと眺めていると、「鉄子の鉄学」が最終回らしい。

そもそも鉄子なんて単語からして嫌い(なんでこんな言葉を作る必要がある?)なのだが、気になったのが、「鈍行」という言葉に対する扱い。そのうちここに載るだろうから、詳細は書かないけど。

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子供の頃は、こんなんしか走ってなかったから、50系投入は嬉しかったものだ


正直言って、その鈍くさい列車しか走っていない(線形がいいのでそれなりにスピードはでていたが)路線で、国鉄末期には長距離客車鈍行(無論、非電化である)の宝庫と言われていた路線の列車に乗っていた私にとっては、「遅い列車はどう言いつくろっても不便」なのだ。

拠点駅での無駄な長時間停車、離合と優等列車追い抜きが重なると20分単位の停車は当たり前。(後者は今でもあるが)

だから、平行する一桁国道を走る急行バスに乗る事が多かった。
そりゃぁ、非冷房・狭いボックスシート・古いの三重苦の鈍行列車と、冷房・リクライニングシート・速いの急行バスでは後者を選ぶ方が自然だ。駅より急行バスの停留所の方が家から近かったし。

特急だって回りにあるのは表定速度ランキングで下位の常連を務めるようなディーゼル特急ばかり。仕方ないから、大阪や東京に出るのに、「だいせん」や「出雲」等の寝台列車に乗ることが多かった。飛行機は高くて乗れない時代だったし。大阪なんて300kmも離れていないのにだ。


とは言え、子供の頃からの鉄道ファンには違いなく、それを支えていたのは、友達より経験の多かった東京や大阪への家族旅行と、父親が自動車を持とうとしなかったことにあるだろう。

遅くて古い地元の列車に比べて、はるかにまともに見えた東京や大阪の電車。103系だって旧型客車よりは遥かにマシな乗り物。そして何より新幹線。ブルトレブームの時代の子供ではあったが、ブルトレより(東海道山陽新幹線しか無い時代に)新幹線の方が好きな子供だったのも、速いものへの憧憬故だろう。だから昼行列車が便利になり、飛行機に気軽に乗れるようになれば、基本的にその区間では夜行列車は眼中になくなる。

「速さこそ正義、実用性こそ命」という鉄道に対する感覚を身につけたのは、この辺の経験によるし、少しでも速くて快適な列車に乗りたい。という欲求が、余計な鉄道に対する知識の修得に繋がっている。


だから、旅情というよく分からんものは頭にないし、遅くて不便なローカル線なんてどうでもいい。貴重な足って言われたって、より便利なバスがあればそっちを選ぶ家庭で育っているから、バスでいいじゃんとしか思わない。SLには「鉄道車両一般」に対する興味と同等の興味しかない。この辺がたぶん、他の多くの鉄道ファンの感覚と異なるのだろう。そのせいで、掲示板等で衝突もあったしね。

これが私有物である自動車ならば古い車に乗ってみたいというのはあるが、鉄道は何より公共交通機関だから、古いことはそれだけで失格だと思うのだ。と、やっと新車が入ることになった「はまかぜ」(数回乗ったことはある)のリリースを見ても思う。

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