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zoom RSS 最後の手段の「日本海」

<<   作成日時 : 2011/04/26 21:41   >>

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青森から大阪泉南への出張で、何としたことか、飛行機の予約が手違いでキャンセルされてしまっていた。

全てはここから始まりました。東日本大震災で東北新幹線はまだ全通していない。このため、青森、三沢両空港から羽田への便は満席、というか連日プラチナチケット化。一方で青森−伊丹便は元の輸送力が小さいこともあって、やっぱり満席。

行きは何とかなったけれど、帰りの便は伊丹から直行しようと羽田乗り継ぎをしようと軒並み満席。しかし、泉南を17時に出発しつつ、青森県下北半島方面に翌日午前中、しかもなるべく早い時間に到着するミッションをこなさなければならない。東北新幹線さえあれば東京にさえ出ればなんとかなるのだが、今はそれが何とかならない。

青森に午前中に着く方法が無いわけではない。一つは東京から「あけぼの」に乗ること。羽田まで飛行機で出ればまず間違いなく乗れるのだが、青森からの青い森鉄道の接続があんまりよくなく、午前中というのが少し厳しい。もう一つは大阪から「日本海」に乗ること。これなら青森側は何とかなる。しかし、大阪発17:47なので、泉南に17時までいると、乗れるわけがない。

ここで時刻表をよく見る。何しろ鈍足の「日本海」である。約一時間後のサンダーバード39号にすら抜かれる。これで繋がった。

ということで、大阪からサンダーバード39号で追撃することにした。

しかし、話はそう簡単には終わらなかった。

こともあろうに、阪和線のダイヤが乱れていたのだ。しかし、そうとは知らないまま最寄り駅に着くと、サンダーバードへの乗車可能な最後の電車より一本前の電車にぎりぎりで乗れてしまった。これが功を奏し、無事にサンダーバード39号に乗車できた。そして日本海、青い森鉄道と乗り継いで、無事に目的地に到着した。

しかし、移動時間は実に約17時間。さすがに疲れた。


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1987年の「あさかぜ」以来のカーペットとカーテン変更等の整備が行われているB寝台車内は、幸い一区画占拠出来ていたので、まあままマシだったかな。


しかし、金沢での発車でいきなガッシャーンという衝撃と共に発車。停車も以下同じ。夜間時間帯も同じように衝撃と共に発車と停車。そこそこ眠れたとは言え、寝台列車なのだからもうちと丁寧に運転して欲しかった。最後、夜が明けてからの運転士さんはお手本のようにすーっと発車し、すーっと停車していて、この人に夜も運転して欲しかった。


なお、前日夜にみどりの窓口で購入したときの残数は70と言う数値が見えました。私が最後の購入として残数69。7両のB寝台はオハネ24(1両)、オハネフ24(1両)、オハネ25(3両)、オハネフ25(2両)が混在していたので、定員を計算するとB寝台は228名。よって乗車率は最低でも70%となりました。平日の列車としては良好とは言えますが、飛行機(伊丹−秋田は知らないけど)が満席だったことを考えると、第一選択肢に上がらないということは言えるわけです。

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