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zoom RSS 思い出の鳥取−米子急行バス

<<   作成日時 : 2012/02/11 12:17   >>

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JR東日本の被災路線のバス専用道化による早期復旧提案と、それに対する予想通りの自治体の反発の記事を見て、つくづく思うのは、バスの何がそこまで嫌なのか。です。

現状のバスには連結運転ができないという輸送力上のネックはありますが、連接バスなら単行気動車並の収容力はありますし(座席幅は狭いけど)。また、バスが鉄道より遅いかというと、必ずしもそうではない。最高走行速度は確かに鉄道の方が上です。一般道を走る限りバスは60km/hが上限ですから。しかし、所要時間はそれだけでは決まらない。

私が子供の頃には、米子に行くのに、もちろん山陰線の普通列車を使うことが多かったけど、国道9号線を走る鳥取−米子間の急行バスを使うことも多かった。圧倒的に機会は少ないとは言え、鳥取へはむしろ急行バスが基本でした。理由は速いから。単純な拠点間の所要時間だけではなく、米子、鳥取両市内とも中心市街地を直結するから、駅からバスに乗換える必要のある山陰線普通列車とはそれだけでも差ができました。

あいにくと、この急行バスは当時の交通公社の全国時刻表には掲載されておらず、弘済出版社の時刻表にしか掲載されていなかった上に、私はずっと交通公社(今もJTBが基本)の時刻表を使っていたので、当時の状況を示す資料は乏しいのですが。それでも弘済出版社の1978年12月号は持っているのでそこから拾ってみる。

急行バスの方は
鳥取−米子:2時間33分(田後経由)、2時間48分(倉吉経由)
運賃800円、16往復(日の丸自動車、日本交通合計)
です。所要時間が2種類あるのは国道9号線から離れた位置にある倉吉駅を通るか、通らないかの違いです。停留所は基本的には沿線の各町で1ヶ所、一部の町では2ヶ所で、早い話が山陰線の駅数と同等でした。もちろん米子、鳥取両市街地では丹念に止まります。

この当時は日の丸バスと日本交通2社運行ですが、この2年ほどあとに鳥取県内のバス路線の競合を解消して基本的には単独運転にする改革がなされて、そこからは日の丸自動車単独運行になりました。

一方、山陰線の方は
普通列車:2時間17分〜3時間07分 平均2時間41分
運賃890円、下り10本、上り9本
快速列車:1時間1時間59分 (上り1本)

です。この当時は特急、急行が多く、交換待ちが多かったのは事実ですが、単線鉄道ですからどうしようもありません。本数が少なければ交換待ちは減りますが利便性も低下しますね。いずれにせよ、両市街地へは急行バスの方が実質的に速く、運賃は安く、かつ本数もバスの方が多かったのです。

加えて、当時はディーゼル機関車牽引の旧型客車(速度なら後のキハ40系気動車と同等)に対し、当時の急行バスはリクライニングシート+冷房完備の車両でしたから、こっちの方でもバス完勝でした。今の普通列車でもキハ40系やキハ126系でやはり2時間30分前後かかっていますし。

急行列車なら所要時間は1時間40分前後とバスより確実に速くなりますが、急行料金込みで1390円に跳ね上がります。本数はこの当時で5往復ですからこれを足してもまだバスより少ない。

山陰線は特に倉吉−米子の線形は良く、走行速度だけなら国道9号線平行区間ではディーゼル機関車牽引の鈍行列車でも車より圧倒的に速く、ガンガン車を抜いていました。しかし結果としての所要時間はやっとバスと互角です。この当時の国道9号線は北条バイパスが出来ていたかどうかの時代で、他は延々と片側1車線の道路が続く道路でした。それに急行バスはその北条バイパスは通りませんでしたし。もちろん山陰道など影も形も無い時代です。

鉄道が挽回にでるのは、昭和60年3月改正で急行列車の削減と快速列車(わかとりライナー)の大量設定からでした。これによって所要時間的には優位に立ちました。しかし、当時と違って山陰道が半分くらいの距離をカバーするようになりましたから、中山名和道路が繋がった時期を見はからって急行バスを復活させれば2時間未満の運行は可能でしょう。現行のとっとりライナーは1時間30分前後なのでまだバスより速いですが。

ローカル線なら必ずしも鉄道がバスより速いとは言えず、普通列車とは別に途中駅を無視した快速列車を頻発させられる路線ならまだしも、バスが鉄道よりサービスレベルが劣るとは言い切れないでしょう。山陰線だって鳥取−倉吉−米子間の都市間輸送があるからこその今のダイヤであり、高速化事業だったのですし。


この急行バスに限らず、倉吉へは市街地直結の路線バスが基本だったし、米子から親戚のある境港方面へは、毎時3本の路線バス(または現R431経由の急行バス)利用が基本でした。なお米子−境港は外浜経由と内浜経由の2系統がそれぞれ毎時3本、これに加えてR431(外浜産業道路)経由の急行バスが一日数本という運行頻度でした。

平成一桁年代半ばまで実家に自家用車が無かったから、公共交通利用だったのよね。

というか、昔の国鉄のローカル輸送のレベルを考えると、鉄道より便利な並行路線バスを知っている人は、中高年以上の人には多いと思うのだけどね。


(2012/2/18追加)
別のネタ用に時刻表復刻版を見たら、ずっと昔は交通公社時刻表にも載っていたのね。今のような大判になる前にはないみたいだけど。ということで、1970年8月号から拾うと

日交バス:特急2時間25〜35分、3往復 急行2時間30〜40分、3往復
日の丸バス:特急2時間10分、3往復、急行2時間15〜22分、7往復

合計16往復は変わってない(というか、この時代のこの便数は凄いと思う)けど、8年後より全体に速いな。というか、道路事情で8年後には所要時間を延ばさねばならなかったというあたりか。それと、特急という種別があるのは知らなかった。国鉄/JRが快速で攻勢をかけた後に、停留所を減らした特急便を設定したのは知っているのだけど。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
バスって廃止になるときは鉄道よりあっさり
なってしまうからなんでしょう。


鳥取のことは知りませんが、鳥取行きは米子大丸を
出発すると、一度米子駅に向かい公会堂をすぎるまで
降車はできませんでした。

私塾帰りに急行バスを利用していましたが、土曜あたりだと
鳥取で単身赴任のおじちゃん達が珠にのってました。

まあ1家に3台自家用車があるようではバス会社の経営も
難しいと言うことで。
ねこあたま
2012/12/10 21:40
ローカルバスなら少なくとも地元では大騒ぎになりますね。急行バスの場合は山陰線快速増発というのがあって、自然消滅に近い形だったように思います。
赤い砂兎
2012/12/17 21:01

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