マラネロGTの2004から2006

JLMC第2戦で連続総合優勝を果たした、一ツ山レーシングのフェラーリマラネロGTは、もともと2004年にJGTCでデビューしたマシンでしたが、FIA-GTと違って、コクピット前後のパイプフレーム化、サスペンション形式の変更可に、エンジン形式、搭載方向の自由化、トランクアクスル可など、「私脱ぐと凄いのよ」的な国産スーパーマシンに歯が立たず、結局2005年一杯で撤退したマシンでした。

とは言え、300万円前後の量産スポーツカーと2000万円を超えるマシンとをまともに競争させるにはそれなりの改造の自由度が無いと勝負にならないのは、96年のマクラーレンショックでも明らかなのですが。

マラネロの国内デビューは2004年JGTC開幕戦、TIサーキット英田でしたが、この時のスタイルはこうでした。

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リアバンパーは最初から、途中でぶった切ったパンツを履き忘れたスタイルだったんですね。この下には巨大なディフューザーがくっついてました。これが同じ年の茂木では

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一番目立つ変化は、ボンネット真ん中のエアスクープですね。それ以外は特に大きな変更はありませんでした。これが翌年、Super GTの同じ茂木戦では

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となりました。明らかに違うのは前後のフェンダー形状で、ホイールアーチ後部が国産GTマシンのように大変更されてました。このレースでは70kg積んだザナヴィ ニスモ Zを前半は追いかけ回すくらいまでは速くなったいたのですが、結局この年限りで終わってしまいました。

そして、今年のJLMCではもちろんACOレギュレーションに適合したマシンに戻されていますから

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となりました。2004年のマシンと比べてリアバンパーが市販車オリジナルのサイズに戻っているのがボディーワークの大きな違いですが、それ以上に目立つのが、リアウィングの大きさです。こんなに寸法の違うウィングを使っているんですねぇ。

一方で、フロントのカナードはどれも全部同じように見えます。

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